コク深く繋がる味『さつま町黒毛和牛たけのこカレー』

Helloさつま 代表 古田 妙子さん・古田 昌也さん

はじめに
地域ブランド『薩摩のさつま』の認証品を生み出す作り手の方を訪問し、商品が生まれた背景や風土をお届けするシリーズ。
今回お話を伺ったのは、『さつま町黒毛和牛たけのこカレー』を作るHelloさつま 代表の古田 妙子さん古田 昌也さんです。

繋がりによって生まれた商品から、さらなる広がりへ。
味も人もコク深くつながる郷土を背景にしたその味わいとは…。

 


聞き手:青嵜(以下省略)
――さつま町で加工食品の製造を営む”Helloさつま”さんの認証品『さつま町黒毛和牛たけのこカレー』。認証品のお話の前に、まずHelloさつまさんが普段手掛けられている商品を教えていただけますか?

古田 妙子さん
普段、基本は味噌作りをしています。

製品としては、お味噌や豚味噌等の他に、夏場には焼肉のタレや麵つゆだったりと季節の商品も作っていますが、全体的には長期保存ができる加工食品ですね。

その中でも、認証品のカレーは、食品加工ではなくて調理になるので、加工食品を専門にしている私ではなく、調理を専門にしている息子の昌也が作っているんです。


――昌也さんはもともと調理のお仕事をされていたそうですね。地域のものをふんだんに使用したカレーと伺っていますが、開発したきっかけを含めてその背景を教えていただけますか?

古田 昌也さん
この商品は、事業者同士が手を繋いで、消費者までを1つに繋げるような商品を作りたかった、というのが開発に至る想いです。

なので、認証品としてはカレーですが、カレーを作る前に色々と試行錯誤をしたんですよ。
地元の食材で、豚の豚骨・軟骨煮を焼酎のもろみで試してみたりとか色々ですね。
その道筋の先で、カレーに行きついたというのがあります。

そもそも、商品づくりのきっかけというのは、19歳の焼酎プロジェクトに初めて参加させてもらったときのことで、芋掘りをしていたときに参加していた方が「私、焼酎が飲めないんですよね」っていう話から始まったんです。

実は、僕自身もお酒は全く飲めないので、何かできないかなって思いながら色々と試していたときにばあちゃんと話していたら、昔は料理酒(日本酒)の代わりに焼酎で全てをまかなっていたって言うんです。

その当時、日本酒は高いから料理酒として使えなかったから、その代わりに焼酎を使ってたと。

焼酎を使うと、魚を煮たり肉を炊いたりするときも臭みもとれるし甘味にもなる。
さらに、風味も出るのですごく美味しい。
そういった食文化が地域には根付いてるっていう話を聞いたんです。

なので、19歳の焼酎プロジェクトをきっかけに、お酒が飲めないという方々も、食べることによって繋がることを大事にしたかったんです。

ですから、認証品のこだわりっていうのは、地域に根差した食文化の調味料として19歳の焼酎プロジェクトで出来た薩摩心酔 力三をふんだんに料理酒として使うことです。

それによって、関わる全ての人たちが食べ物をつうじて繋がることを1番に考えていました。

さらに、たまたま運良く城山ホテル鹿児島の料理長の方に味見をしていただける機会があって、そこで何十回もやり取りをしながら味の調整をして出来上がった商品なんです。

ちなみに、発売当時は、薩摩心酔 力三を使った「力三カレー」っていう名前で、城山ホテル監修という形で発売したんですけど、城山ホテル鹿児島でお取り扱いいただく上では名前を変える必要があって、結果的に中身は同じなのですがパッケージを2種類作ったんです。

一つは認証品の写真にもある「さつま町黒毛和牛たけのこカレー」のパッケージ。
もう一つのパッケージ「力三カレー」はさつま町の堀之内酒店と手塚旅館の2箇所でしか手に入らない貴重なものなんです。

――焼酎が飲めない方も、薩摩心酔 力三を使ったカレーが出来たことで、19歳の焼酎プロジェクトの輪に入ることができるようになったのですね。
実際に、お酒が飲めないという方の反響のようなものはあったのでしょうか?

古田 昌也さん
作ったときの反応は、もう両極端でした。
いやいや、そんな作ったところでって言われる意見と、よく作ったねって褒められる意見とですね。

でも、反響はいただけていて、最初は半年間で約6,000食が売れたんですよ。
しかも、最初は堀之内酒店さんだけで販売していたので、1店舗のみで月間約1,000食、1日換算で30食以上が売れた計算になるんですね。

水煮の竹の子を湯がくと一面に良い香りが立ち上る

もちろん、背景の物語を伝えてくれる堀之内酒店さんの力も大きかったと思うんですけどね。

だから、すごくありがたかったな、と思ってですね。
自信にもなりましたし。

あと、あの…そうですね。
なんか地域の仲間になれたかなっていう感じがありましたかね。

――古田さんご自身がですか?

古田 昌也さん
このカレーを作ったのが、さつま町に Iターンで来て、4年、5年ぐらい経ってからかな。そういう時期だったんですけど、最初は疎外感しかなかったんですよね。
同級生も知り合いもいなくて。

それで、たまたま地域の方に声を掛けていただいて、行った先の集まりで堀之内 力三さんと初めて出会ったんです。

それで、さつま町の商工会青年部を紹介していただいて、その当時の忘年会に誘っていただけたことで、町の色々な話を聞くことができるようになっていったんですね。

そうやって人の輪に入れていただいて仲良くはしていただけるんですけど、やっぱまだ疎外感というのはあってですね…。

そんなときに、先程にお話しした19歳の焼酎プロジェクトからカレー作りを始めることになったんですけど、カレーのパッケージに薩摩心酔 力三の焼酎のラベルをそのまま使わせて欲しいと思っていたんです。

でも、それって商品が違うし、普通は無理じゃないですか。

そしたら、薩摩心酔 力三に関わっていらっしゃる堀之内力三さんも、小牧醸造の小牧一徳さんも、二言目には「いいよ」って言ってくださって。

鹿児島が誇る和牛の旨味も

そこまで信頼してくれるって、すごいことですよね。

そういった信頼を寄せていただけたことで、僕にも改めて責任感が芽生えましたし、なんか、その仲間っていうか、認めていただけたんだみたいな感じが嬉しくてですね。

――紡がれる焼酎造りが、古田さんご自身も輪の一部になる機会になったのですね。
その19歳の焼酎プロジェクトでは、新成人の子が、次の年の新成人の子のために種芋を植えることで、たすきを繋ぐような年代を越えた繋がりが生まれているとも伺いました。

その未来へ繋ぐ想い、という点についてもお聞きします。
薩摩のさつまには次世代の支援といった未来へ向けた取り組みも含まれています。その”未来”という今後に対して、この地域ブランドを通して、さつま町や子どもたちがどうなってほしいといった想いはありますか?

古田 昌也さん
そうですね。
あの…自信を持っていただきたいですよね。

町外に出たい気持ちもすごく分かりますし、外に出て活躍していただいても全然僕はいいと思います。

ただ、やっぱりふるさとに対して自信を持っていただきたいなっていうのは、すごく感じるところがあります。

僕は Iターンなので、元々さつま町に地元感を持っていたかというと正直なところ薄いです。
でも、今となっては骨をうずめる気ですし、ものすごくポテンシャルの高い町だと思っています。

それぐらい、いい人も、いい繋がりもあります。
色んな地域をこれまで見てきましたけど、こんだけ事業者の皆さんが元気で、行政も支援としてしっかり受けとめてくれる。

これだけ、今ある良い環境で何かにチャレンジできるところはないのかなっていうのをすごく感じるので、何をするにもやっぱり自信を持っていただきたいかな。

こういうこともできるんだ、ああいうこともできるんだよ。
こういうことが心配かもしれないけど、でも大丈夫だよ、みたいな。
難しいですけど。

――故郷に対する自信は、本当にそうですよね。
さつま福永牛を作る福永畜産のお二人に取材したときも、未来の話で「自信」というワードがありました。

一方で、「自信を持つ」って本人からするとすごく難しい、というか、言われてもどうして良いか分からない状態でもあるのかなと個人的に思います。

具体的にどうしたら自信を持てるのかな、ということをお聞きしたいのですが、先ほどのお話だと、古田さんは他を色々見てきた上で、改めてさつま町のことを見つめたときに、そのポテンシャルを改めて感じられたのかな、と思いました。

自信を持つためには、どうしたら良いと思いますか?

古田 昌也さん
確かに、知ることによって自信に繋がるっていうのは、そのとおりだと思いますから、やっぱり経験することが一番だと思います。
色んなことを見て、色んなことを経験してですね。

そのためには、町外に出ていただいても全然いいと思いますし、無理に帰ってきてほしいってこともないです。
ただ、生き急ぐことはやってほしくないかな。

背伸びせず足元を見つめることで、うちの街はこうだなって気が付くこともありますし。
僕は、自信=愛着だと思うところもあるので。

だから、地元を知ることで地元愛が生まれるし、地元への自信に繋がるのかなって。

――古田さんにとっては、地域を知るきっかけは人の輪によるものだったのですね。

古田 昌也さん
そうですね。僕にとっての大きなきっかけは商工会青年部でしたね。
信頼できる仲間っていうと良く聞こえてしまうかもしれませんけど、ほんとに何でも言い合える友達や知り合いでもいいです。

ほんとに包み隠さず、文句も言いながら、ちゃんと腹を見せれる人が1人でも2人でもいたら違うのかなっていうのはすごくあります。

あともう1つは、素直なこと、かなと思いますね。

どんなことでもそうですけど、人の言葉は信用して、それを1回でもいいからちょっとやってみようかな、と。

ただやったところで合う合わないっていうのはあると思うので、それを1回目で決めるのか、もう1回やるのか、それとりあえず続けてから決めるのか、個人差はありますけど。

素直なところがやっぱり1番大切なのかなって、すごく僕は感じました。

ひとつひとつ丁寧に、手作業でカレーを袋詰めしていく


――ありがとうございます。

昌也さんには未来に向けた想いのお話を伺いましたが、代表の妙子さんにも少しお話をお伺いさせてください。

薩摩のさつまは、ひとつの商品ブランドにとどまらず、未来に向けた活動としての地域ブランドだと思っています。
人生の先輩であるお母さんから見て、今、地域をあげて立ち上がった『薩摩のさつま』とそこに集まる方々に対する想いのようなものはありますか?

古田 妙子さん
やっぱり強いリーダーシップがないと皆がついてこなくなりますし、リーダーシップを発揮できるようにどういう風に周りがフォローしていくか、リーダーを含めた中心となる人たちがいかに行動していくかっていうことが大事だと思います。

自分だけが儲かればいいという話ではないですからね。
だから覚悟がいると思います。決断と覚悟ですね。

そして、それにはやっぱり資金も必要ですよね。
でも、お金を使って外から何かを持ってくるだけだと成功はしない。一見、派手にみえますけど、何もついてこなければ意味がないんです。

若いリーダーたちは、家庭もあって自分の会社もある。
だけど、もうこれは走り出したわけですから、突き進むしかないわけですよ。

だから私としてはね、若者たちが一生懸命に組織をまとめているところだから、ブレーキかけたって意味がないのだろうなと思っています。
背中を押す気持ちですよね。

ただ、行政主導で突っ走るだけではなくて、先人や先輩方の経験談とか意見も柔軟に聞いて、真摯に対応する形をとれると良いかなと思いますね。
小さな町でも色々な意見がでてきますから。

その上で、みんなで相談して「あ、そうだよね」っていうことがあれば、どんどん変えていけばいいわけです。
ただ単に「おい、みんな行くぞ」っていうリーダーシップでなくても良いと思うんです。

焦らないで着実に、周りの意見に耳を傾けながらこの薩摩のさつまを成功させてほしいなと思います。
難しいことだと思うけど、逆に言うとチャンスだと思うので。


――先人として母として、そして息子さんを含めた人の輪の話。

最後はエールともとれるお話ですね。

今日は貴重なお話をありがとうございました。

古田 妙子さん・古田 昌也さん
こちらこそ、ありがとうございました。

※取材/撮影:青嵜 直樹(さつま町地域プロジェクトディレクター)


~合わせて読みたい~

19歳の焼酎プロジェクトの背景
“あじわい”の不思議『薩摩心酔 力三』

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拝啓から始まるお便り。地域ブランドの立ち上げとその想い

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薩摩のさつまロゴ認証品のご紹介

Helloさつま『さつま町黒毛和牛たけのこカレー』

Helloさつま『さつま町黒毛和牛たけのこカレー』

さつま町の片田舎で、協働、そして信頼、感謝を信条に汗をかき仕事をさせて頂きます。人生に出会いあり、生産者との繋がりを大切に、連携的6次産業を目指していく。小さな、食品加工会社です。

一.地元特産品でもある、芋焼酎を最高の調味料として使用、調理法は、郷土の食文化を大切にした、本格的なレトルトカレー。

二.食材には、町内産のタケノコにこだわり、味は当然、物語を大切に、そして生産者から加工業者、そして販売者までを繋げる一品。

三.パッケージデザインは地域おこし協力隊に。行政、民間でのオールさつま町で、一から作りあげた、故郷、さつま町を感じてもらえる特産品です。

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